2002年11月中旬。貧乏にも関わらず、呑気にスキーなどに出かけた一行。
道民のくせにウインタースポーツに縁の無い夫婦を尻目に、難度の高いコースをスイスイ進んでいくGIN。
やがて迷い込んだ滑降禁止区域。引き返そうとしたその時、林の隙間から人の姿。
反射的に姿を隠した彼の耳に、こんな言葉が……。
「例のヤクはこれで全部か?」
物陰から様子を伺うと、ヤクザ風の男達が怪しげなアタッシュケースを受け取っている。
相手はどうやらソビエト系マフィア『コンビナート』の一員らしい。
「このドラッグは特別製だ。扱いにはくれぐれも気をつけろ」
「わかっている。こちらもそれが専門だ……ヘマはしないさ」
取引が済むと、男達はそれぞれスノーモービルに乗ってその場を去っていく。
残されたGINは、得ダネの匂いを感じて一人ほくそえんだ。
スキーが終わり386夫妻と別れた後、さっそく編集デスク“比嘉”へ連絡を取る。
「いいね、そのネタ。……GINちゃん、その線でちょっと書いてみてよ。
もちろん、“取材”の経費は別に出すからさ」
高額の危険手当てと引き換えに、ヤクザと麻薬絡みの取材を積極的に行うこととなったGIN。
口は立っても、いまいち腕っぷしに自信の無い彼は、すかさず386夫妻を巻き込む算段を立てて電話をかける。
「もしもし、AkiRa? 俺、GINだけど」
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――GINの考えた筋書きはこうだ。
スキーに行った時、自分は偶然ヤクザの麻薬取引を目撃してしまった。
慌てて逃げては来たが、その時に顔を見られたようだ。
帰る時、駐車場にも彼らの手の者がいた可能性があり、そうなると一緒にいた386達の身も危ない。
そこで、自分達の安全を確保するためにヤクザについて調べておきたい。
敵の正体さえわかれば、何とでも手を打つことができる。
幸い386夫妻はそれなりに腕が立つので、力を合わせれば何とかできるだろう……。
その巧みな弁舌にまんまと騙された386夫妻。
二つ返事で申し出を了解し、彼と合流することに。
ネット喫茶でのハッキング、GINのコネなどを駆使しつつ情報収集。
丸々一日を費やし、得た情報は以下のようなものだった。
――スキー場で目撃したのは「黒澤組」の一員。
最近、札幌へ進出してきた新鋭のヤクザで、豊富な資金力と麻薬を武器として熾烈な勢力争いに食い込もうとしている。
彼らの手口は、敵対勢力の構成員をPCPにより洗脳、次いで「鉄人」という特殊な薬物を用い戦闘力を向上させて幹部の暗殺へ向かわせるというもの。
さらなる調べで、ここ最近そういった事件が頻発していることがわかる。
主に狙われているのは、札幌に古くから根ざしている地元のヤクザらしい。
「その、被害にあっているヤクザ屋さんに話を聞けないかな」
凄いことを平然と口にしたGINは、携帯電話を手にいくつかの場所へ連絡を取り始める。
恐れおののきつつ、ただ様子を見守る夫妻。
やがて、電話を終えた彼は満面の笑みでこう言った。
「さて、行こうか」
……どこに?
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白石区菊水の一角にあるビル。
誰に聞くまでもなく、そこはヤクザの事務所だった。
「本当にここに入るの?」
すっかり腰が引けているAkiRaに構うことなく、堂々と中に入っていくGIN。
386も諦めたように後に続き、妻を促す。
ここまで来たら、もう腹をくくるしかない。
「――それで、うちの組のモンが殺られたのは黒澤のの仕業だって言うのかい、お客人」
「間違いないですね。コンビナートとの繋がりも深いようですし」
ヤクザの組長を相手にも全く臆することなく、話を切り出す。
その度胸を気に入ったのか、組長も彼を信用することにしたようだ。
「恥ずかしい話だが……うちの若い衆を使おうにも、誰がヤク漬けにされているか掴めなくてな。
うかつに動くわけにはいかんのだ。――そこで、お客人に頼みがある」
「黒澤組の事務所を潰せ――ですか?」
「……っ!!」
とんでもない発言に、声もない386とAkiRa。
GINと組長の顔を交互にながめて口をパクパクさせるばかり……。
そんな彼らに構わず、さらに話は続く。
「何、勿論タダでとは言わない。コトが終わってからの後始末も全て、こちらが引き受ける」
「わかりました」
――最早、夫妻の顔色は蒼白に近かった。
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翌日、冬の道路をひた走る1台の軽ワゴンがあった。
運転席にはGIN、後部座席には386とAkiRaの姿。
夫妻の手には大きな鞄が握られ、その中から手榴弾やバット、デリンジャーなど、見るからに物騒な道具が覗いている。
ヤクザの事務所へ押し込むということで、慌てて装備を整えたのだ。
無論、あれから再び情報収集を行い万全を期している。
黒澤組の上役が事務所を空けており、丁度手薄になっていることも調査済みだった。
それでも、夫妻の表情は暗い。
「作戦は昨日話し合った通りな。大丈夫、386達の腕なら何とかなるって」
GINの言葉も、彼らには何の慰めにもならなかった。
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「こんにちは、新聞の集金ですけど〜」
新聞の集金を装い、インターフォンに声をかけるGIN。
ドアの覗き穴の死角、それでいてすぐに行動を起こせる場所に386とAkiRaが待機した。
やがて、ドアの向こうで鍵を開ける音がする。
チェーンのかかったドアから、男が一人、顔を覗かせた。
「――今だ!」
GINの合図で、ドアの隙間にバットを強引に押し込む386。
呆気に取られている男に対し、AkiRaのデリンジャーが火を噴いた。
銃声を聞き、駆けつけた2人の組員が見たものは、血溜まりに沈む同僚の姿。
同時に386のバットがドアチェーンを破壊、その後は銃弾と鈍器による殺戮の嵐が吹き荒れた。
386も、AkiRaも目の前の男達に対し、一片の容赦もしなかった。
――殺らなければ殺られる。自らの安全のために、二人は必死で戦った。
程なく、視界から動く“もの”が消えた。
「や、ご苦労さん」
薬の詰まったアタッシュケースを手土産に、GINが二人に声をかける。
「おかげ様で手に入れるものは手に入れたし、そろそろ仕上げといこうか……」
――その数分後、黒澤組の事務所は爆発を遂げた。
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「いやー、いつもながら言い出来だね、この記事。これからもこの調子で頼むよ」
上機嫌の編集デスクを前に、GINは例の“取材”の手当てを受け取っていた。
あれから、もう一つの報酬も手にすることができたし、この記事の評判も上々だ。
今回得た資金を元に、これからは少しはマシな生活が送れる筈だろう。
「――あ、386? GINだけど。この前の金が入ったんだ、今から渡しに行くよ……」
――“デンジャラス・ルポライター”の取材の日々はまだまだ続く。
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−終− |